<Fool's Mate No.95 Aug. 1989>

かくも美しき英国の調べ

最後の叙情派の素描

文・:羽積秀明
協力:秋山からこ

81年に結成。10年に近いキャリアを持つ間、一貫して叙情美にあふれたサウンドを指向してきたアン
ド・オルソー・ザ・トゥリーズ。最高傑作と呼ばれた昨年の『The Millpond Years』に続き、キャット・ステ
ィーブンスのカヴァー曲『Lady D'Arbanville』をリリース。現在5枚目のアルバムを制作中という彼らの
虚飾のない魅力を見る。

アンド・オルソー・ザ・トゥリーズ、彼らの音楽は本当に美しい、そして深く、強く、感動的である。
哀感にみちたヨーロッパ映画のサントラの如きクラシカルなインストゥルメンタルや研ぎ澄まされた
緊張感がみなぎるネオ・サイケデリック的ナンバーなど、その曲のどれもが圧倒的な美観を持つ
彼らの最新アルバム『The Millpond Years』は、昨年僕が聴いたアルバムの中でも五指に入るほど
の完成度を持っていた。だが不思議なことに、イギリスにおける彼らの知名度は不当と言えるほど
低いようだ。イギリスの音楽新聞で彼らの名前を目にするのは実にまれだし、チャート・アクションも
派手ではない。その理由はどうやら、ロンドンから遠く離れたウースターシャー州インクベロウ村など
という所に拠点を構えている(というか自宅がある)その地理的問題と、根っからのプロモーション下手
という(というかあまりやってもいないようだ)ところに原因があるようだ。

ザ・キュアーのローレンス・トルハースト(彼らのファースト、セカンド・シングルとデビュー・アルバムを
プロデュースしている)にその才能を文字通り"発掘"されて以来、現在までに4枚のアルバム(仏のみ
リリースのベスト盤もある)と8枚のシングルを残したこの間、彼らは頑としてインクベロウ村を離れよう
とはしなかった。裏返せばその牧歌的なインクベロウの村が、そしてバンドのフロントマン、サイモン・
ヒュー・ジョーンズとジャスティンの兄弟が住む築500年という先祖代々からの家が、彼らのサウンド
の源であり、それが計り知れないヨーロッパの"歴史的重み"を彼らの音に付加していると言えるの
だろう。因みに、どこかのスタジオで撮られたようなここに掲載された写真も、サイモン(彼の副業−
本業? −はコマーシャル・カメラマン)の自室で撮られたもので、写っている小道具も彼らが日常使っ
ている身の回りの品なのだそうだ。(最新シングル「Lady D'Arbanville」のジャケット写真も同じく自室
での撮影で、布にプリントされた文章はサイモンが強い影響を受けたオルダス・ハクスレイの小説か
らとったもの)。

そんな彼らも、昨年の11月にワイヤーのツアーをサポートしたり、5月にはロンドンのマーキーのギグ
でトリを飾ったりと、以前とは違った"動き"を見せ始めている。ジョーンズ兄弟が最近傾倒しているの
は、クリント・イーストウッドのマカロニ・ウェスタンものの映画のサントラだったり、ティム・バックレーを
はじめとする70年代のフォーク・シンガーだったり、ニコの『チェルシー・ガールズ』だったりするそうで、
浮世とは流れる時間の異なる不思議な村から、そんな音楽を聴きながら今度はどんな作品を届けて
くれるのか、秋口にリリースされるという5作目のアルバムが今から楽しみである。



AND ALSO THE TREES DATA-CLIP

アンド・オルソー・ザ・トゥリーズが結成されたのは、81年イギリス北西部ウースターシャー州インクベ
ロウ村において、サイモン・ヒュー・ジョーンズ(Vo.)、ジャスティン・ジョーンズ(G)の兄弟に、ニック・
ヘイヴァス(Dr)とその弟(B)を加えた4人組としてスタートを切った。81年に自主制作によるカセット
「From Under The Hill」を極小数リリースした後、ベーシストがスティーヴン・バロウズに変わり、83年
暮れには、パンク系レーベル、ノー・フューチャー傘下のフューチャーと契約して、キュアのローレンス
・トルハースト・プロデュースによるデビュー・シングル「Shantell」をリリースした。
その後、フューチャー倒産により新たに設立されたリフレックス・レコーズと契約して、現在に至る迄
、一貫したサウンド指向を打ち出しながら着実な活動を続けている。

彼らのサウンドを特徴づけているのは、歌詞と自己の同一化を図らんが為の内的衝動を、静/動の
極端な迄の感情表現の振幅によって辛うじて抑えたサイモンの独特の声、唱法と、薄氷が割れる
かの如き美しく鮮烈なジャスティンのギター、シンプルながらもタイトかつ重厚な面持ちを持ったリズ
ム隊などであるが、特筆すべきは歌詞と曲との密接な結びつきからくる、孤高とも言うべき文学的
完成の表出と、各パートが渾然一体となって醸し出すクラシカルな汎ヨーロッパ的ヴィジョンの透徹
した小さな物語としての魅力だろう。また、彼らのサウンドにはクラシックや映画音楽的なアプローチ
も多く見受けられるが、これに対してサイモンは「家にいて詞(詩)を書いたり、本を読んでいる時は
必ずクラシック、ジャズや昔の映画音楽を聴いているから」と素直に影響を認めてもいる。

更に彼らを語る時に絶対に忘れてならないのは、彼らが決して離れようとしないその環境について
であろう。本誌先号のグラビアやシングル「The Critical Distance」のジャケット(サイモンの家の前で
撮ったという風景は見渡す限りの丘陵があるのみ)、それにインタビュー中に"馬の群れが前方を
横切っていった"などから、、インクベロウ村というのは、相当の田舎である事が推測されるが、(ちな
みにサイモンが両親と共に住んでいる家は築500年だという)、この浮世離れした正しく隠遁生活とも
いうべき日常が、いかに彼らの創作活動に影響を与えているかは、インタビュー中の発言から
推して知るべしだろう。

また、ジャケット・デザインを毎回手がけているFabrizio & Fabrizio とは、グラフィック・デザイナーでも
あるニックの事であり、フォトグラファーとしてクレジットされているサイモン・クレインとはサイモン・
ヒュー・ジョーンズその人の事である。

[Album]

# And Also The Trees(LEFLEX lex 1) '84
前後にリリースされた1st & 2ndシングルと同様にキュアのローレンス・トルハースト・プロデュースに
よる1stアルバム。デヴュー作という事もあってか、アレンジ等に若干粗野な部分が見受けられるも
のの、この時点で既に彼らは自己のサウンドを確立しつつあった。また、この作品のみ唯一日本
盤が出されている→『沈黙の宴』(SMS:現在は廃盤)

# Virus Meadow(lex 6)'86
腐りゆく果実を写した美しいジャケットが目を引く2nd アルバム。サイモンの詞作、ヴォーカル、ジャス
ティンのギターはますます深みと奥行きを増し、浮世から隔絶したかの如き独自の音楽スタイルは
今作で完全に確立された感がある。1st アルバム・リリース当時によく言われたキュアとの近似性
云々といった評価は、少なくともこの作品以後は聞かれなくなったという事から考えてみても、彼ら
の出世作となった作品と言えるだろう。

# The Evening of 24th(lex 8)'87
86年暮れに行われたフランス〜スイス・ツアーからローザンヌでのライヴを収録した初のライヴ・アル
バムで、ライヴ・バンドとしての彼らのもう一つの魅力が遺憾なく発揮された作品。絶叫するサイモン
のヴォーカルと各パート間にみなぎる緊張感が圧倒的な空間をつくりあげている。

# The Millpond Years(lex 9 & lex 9CD)'88
シングル「Shantell」と「The House of the Heart」を含む最高傑作とも言える最新作。2nd アルバムの
路線を更に深化させながらも、メロディやアレンジ面にまで行き届いた細やかな配慮が、独自の
叙情味と哀感に溢れた重厚な作風と相まって、もはや涅槃の域にまで達した見事な完成度を示して
いる。尚CDは「Shaletown」のB面2曲をボーナス・トラックとして収録。

# Et Aussi Les Arbres(ART LIVELY arty 1)'87

# Retrospective 1983-1986(Reflex-New Rose lex 7CD)'87

フランスのみでリリースされたコンピレーション・アルバム。前者は9曲入り。後者はCDのみの
リリースで14曲入り。

[Singles]

# Shantell(Future rs 9)'83("7)

# The Secret Sea(Reflex re 3)'87 (7")

# The Secret Sea(12 re6)'84(12")

# A Room Lives In Luxy('12 re 8)'85(12")

# The Critical Distance(12 re 12)'87(12")

# Shaletown(12 re 13)'88(12")

# The House of the Heart(12 re 14)'88(12")


注記:この記事及びData Clipについては、原文のまま掲載しております。従って若干の間違い等も
こちらの入力ミスでなければ、そのまま掲載しております。ご了承ください。



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