<Linernotes- First Album - Jpn. Edition>


(敬称略)

ネオ・サイケデリックという言葉が広く謳われるようになって久しいが、それは未だに色あせることなく
、次代の若者たちへ肯定的に受け継がれている。ジョイ・ディビジョンの出現そして昇天以来、多くの
グループがその自虐性に憧憬を抱きながらも虚無的な暗黒精神からの脱化を試み、新たな視点を
掲げて唯心的かつラディカルな音世界を築き上げてきた。キュアやエコー&ザ・バニーメン等に代表
されるそうしたサウンドは、現実を客観視したシニカル性と、シュールで攻撃的な覚醒力、さらに詩的
で唯美な心理描写と感性表現を具備しており、そこに我々は深い感銘の念と不変の同時代性を見出
すことができる。そして、今日、このネオ・サイケデリック界の最有力新人と呼ぶにふさわしい硬派のグ
ループが登場した。それが、ここに紹介するアンド・オールソー・ザ・トゥリーズなのである。

イングランド南西部はウースターシャー州インクベロウ出身の4人組、Simon Huw Jones(Vo)、Jo Justin
Jones(G)、Steven Burrows(B)、Nick Havas(Dr)から成るこのアンド・オールソー・ザ・トゥリーズの歴史
は意外に古く、グループ結成は今から6年前、1979年までさかのぼる。結成以来ラインナップにほとん
ど変更はなく、またグループの中心的存在であるヴォーカルのSimonとギターのJoは実の兄弟でもある
。ファースト・ギグは2年後の1981年、キュアのロバート・スミスに見出されたことがきっかけで、彼らの
サポート・バンドとして行われた。そして83年終わり、フューチャー・レコードと契約を交わした彼らは、
プロデューサーに同じくキュアのローレンス・トルハーストを迎え、遂に正式なレコード・デビューを果た
すのである。「Shantell」と題されたこのファースト・7インチ・シングルは、小振りながらも、彼らの幻想的
かつリリカルな音楽性を端的に表象する作品であり、特にB面の「Wallpaper Dying」で展開されるアグ
レッシヴで昂揚感のあるサウンドには、強く心を打たれる。いつ針を落としても、新たな感動を呼び起
こすタイムレスな佳作といえよう。

また、まもなくフューチャー・レコードのオムニバス・アルバム「Invisible Flame」がリリースされ、彼らは
そこに、この「Wallpaper Dying」を収録している。そして84年3月、早くもグループ名と同タイトルの彼ら
のファースト・アルバムが届けられた。新興レーベルReflexからのリリースである。
それまで在籍していたフューチャー・レコードであるが、彼らの他にWild FlowersやTwoなど今後が楽し
みな有望新人を続々と輩出してにわかに活気づいていたにも関わらず、残念なことに突然活動を停止
してしまった。それにとってかわる形で新設されたのが、このReflexレーベルである。
同レーベルは、ノー・フューチャー・レコードのスタッフであったJoanna JonesとChris Berryにより84年2月
にスタートし、その活動方針はフューチャー・レコードのそれにほぼ近いものと思われる。
又、この時点で、ディストリビューションはそれまでのチェリー・レッド・ミュージックからラフ・トレードに
移っている。

さて、AATTのファースト・アルバムに話を戻すが、これも前作同様キュアのローレンス・トルハースト
がプロデュースを担当している。録音もデビュー・シングルと同時期の83年9月から11月で、彼らはこの
アルバムによって、それまでの活動を通して暖められてきた音楽形態の全容を明らかにしたといえよ
う。静寂、幻想、神秘...ここには、彼らのサイキックでイマジネイティヴな感性表現が全編に散りばめら
れている。そして、特記したいのが曲と歌詞の密接な結びつきである。あたかもオスカー・ワイルドの
試作を思わせるかのような審美的でミステリアスな歌詞。それは偶発的なインスピレーションを伴って
、時にナルシスティックに、また時に内的渇望と混沌を象徴するかのごとく壮絶に、自問自答をくり返し
、空想と現実の間を往き来する。これに寄り添うようにして、一曲ごとに様々な表情をみせる彼らのサ
ウンドは、それぞれの鮮明な情景描写となって、その描象的な精神世界を見事なほど正確に体現し
ているのだ。

中でも、繊細で感受性豊かなJoのギター・ワークは絶賛されるべきもので、又、Simonの熱情的で力
強いヴォーカルも曲の重要なパートを占めている。流麗な抒情性と極めてラディカルな攻撃力、この
相反する2つの要素が渾然一体となって展開されるところに、AATTサウンドの最大の魅力があるので
ある。霊妙で冷ややかな空気に包まれたペシミスティックな音世界。ここに彼らは、ある種の憤りや絶
望感そして悲哀を訴える。それは、現代のカタルシスであるといえるだろう。
しかし、そこには同時に、ガラス細工のように純粋で清らかな愛があるのを忘れてはならない。
それが、聴く者をこれほどまでに甘美な陶酔へと誘うのである。
このアルバム発表とほぼ時期を同じくして、彼らは再びキュアの国内ツアーのサポートを務め、着実に
ファンの人気を獲得するが、計らずもキュアの剽窃者的なバンドという評価は常について回った。
しかし、私の聴く限りにおいて、彼らの音楽的手法がキュアのそれに酷似しているとは決して思えない
。キュアがこれまで、彼らの知名度に少なからず寄与してきたことは認めるが、それを即、彼らの音楽
的評価へ結びつけるのは正当でない。

彼らはネオ・サイケデリックと呼ばれたものの良質な部分を1つのテイストとして受け継ぎながらも、彼
らのみによってしか味わうことのできない独立した世界を持っている。それは、自身の全く純粋で自由
な感性の中で触発され、育まれてきた固有の詩であり、アンビエンスなのである。聴衆やプレスの固
定概念を一掃し、こうした状況に歯止めをかけたのが、続けてリリースされたセカンド・シングル「The
Secret Sea」であった。今回、日本盤発売を迎えたのは、デビュー・アルバムに、このシングルの12イン
チから新作2曲をプラスして編集したもので、A-5とB-1にこれらが収録されている。
エレクトリックなアレンジを施して流麗に展開されるこのシングルは、やはり今までとは多分に趣きが
違っていた。タイトル・ナンバーは83年10月の録音なので、プロデューサーにローレンス・トルハースト
の名がクレジットされているが、リミックスは彼ら自身と別の人物が担当している。
もう一曲は、84年4月の録音で既にローレンスの記名はない。彼らはこの作品をもって新規まき直し
を計り、ある意味でキュアとの実質的つながりを断ったといえよう。
「The Secret Sea」で特に印象的なのが、同じ高さと律動をもってメロディを刻むベースやドラムの役割
であり、その軽やかさだ。以前とはまた別の、透明感溢れる煌きをもったサウンドを創り上げている。
1つの可能性に賭けて新たな一歩を踏み出した、彼らの意欲作といえるだろう。
なお、この12インチのB面には、84年3月30日のスタフォード・カレッジにおけるライヴが3曲収録されて
おり、一足先にリリースされた7インチのB面には、「Secrecy」という別曲が収められていた。

このシングル・リリース以降、彼らはヘッド・ライナーとしてギグ活動を行い、今年1月に、サード・シング
ル「A Room Lives In Lucy」を発表し、さらに、イギリスのアブストラクト・マガジンが制作したコンピレー
ション・アルバムに「Maps In Her Wrists And Arms」という未発表の曲を特別収録している。
ある少女から送られてきた約25枚にも渡る手紙にインスパイアーされて作成したというサード・シング
ルは、そこに収録された3曲のどれをとっても文句のつけようがない出来ばえだ。胸をしめつけるような
哀愁とクラシカルでアンニュイなムードを携えた緻密なメロディー・ライン。そこに、いくつもの情景やイ
メージが走馬灯のように流れていく...。こうした充実ぶりに、次作への期待が否応が無しに高まってし
まうが、秋に向けてにわかにアルバム制作の準備に入ったということで、非常に楽しみである。
アンド・オールソー・ザ・トゥリーズは、この空虚な現実の中で、時代を超えた人間の浪漫を呼び起こし
てくれる数少ないグループの1つだと私は思う。いつまでも変わらず、この素敵なサウンドを送り続けて
いってほしい。


                                                     (永沼佐知子)



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